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東京地方裁判所 昭和52年(ヨ)2040号 決定

債権者 川浦富美

債権者 川浦一彦

債権者 川浦時彦

債権者 川浦民江

債権者 荒井美佐子

債権者 佐山徳江

右訴訟代理人弁護士 井本台吉

同 長野法夫

同 鈴木醇一

同 宮島康弘

同 熊谷俊紀

同 富田純司

同 紺野稔

同 村岡三郎

同 高山達夫

同 内田宏

債務者 弥栄工業株式会社

右訴訟代理人弁護士 丸尾武良

同 沢邦夫

同 岡崎幸祐

同 坂田桂三

同 伊藤喬紳

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は債権者らの負担とする。

理由

一、本件仮処分申請の趣旨及び理由は、別紙仮処分申請書写の該当欄記載のとおりであり、これに対する債務者の答弁及び主張は別紙答弁書及び昭和五二年八月二二日付債務者準備書面各写の各該当欄記載のとおりである。

二、そこで判断すると、

1.債権者らは、第一に、債務者会社は昭和五二年八月一一日に開催された取締役会において、額面普通株式一〇〇万株の新株を発行し、その全部を株主以外の第三者に割り当て、額面一株五〇円、発行価額は一株について一五〇円とする旨の新株発行に関する決議をしたが、債務者会社の株式の適正価格は三三八・三七円と算定されるべきであり、したがって本件新株の発行価額は一株について三〇〇円程度に決定されるべきであるから、右の取締役会決議において発行価額を一株について一五〇円と定めたのは、株主以外の者に対し特に有利な発行価額をもって新株を発行する場合に該当することが明白であるにもかかわらず、債務者会社は本件新株発行について株主総会の特別決議を経ていないのであって本件新株発行は違法である、と主張する。そこで、まずこの点から検討を加えることとする。

(一)本件全疏明資料によれば、昭和五二年八月一一日開催の債務者会社取締役会において債権者ら主張のような内容の本件新株発行に関する決議がなされたこと、債権者らは債務者会社の第三五期決算期(昭和五〇年九月二一日から同五一年九月二〇日まで)の貸借対照表、損益計算書及び利益配当額などを資料としていわゆる類似業種比準価額方式により株価を三三三円と算定していることを一応認めることができる。そして、債務者会社の株式の評価方式としては右の類似業種比準価額方式によるのが相当であり、且つ、業種及び資料の選定も特に不合理とはいえないから債務者会社の第三五期末における株価は三三三円が相当と認められる。

(二)しかしながら、その株式を証券取引所に上場していない株式会社において、額面普通株式を株主以外の第三者に対していわゆる時価発行する場合における公正発行価額は、発行価額決定時における旧株の株価を基準とし、これに新株発行に伴う諸要因を加味して決定さるべきを相当とするところ、疏乙第五号証の一、二、第六号証によると、債務者会社の業績は昭和五一年九月二一日以降急激に悪化し、同五二年三月二〇日の中間決算時には五四六九万円余の、同年六月二〇日には一億一七六二万円余の欠損を出すに至っていることが一応認められ(右の時期以後業績が好転したことをうかがわせるに足りる疏明資料はない。)、右の事実によると右(一)の株価は本件新株の価額決定時までに相当程度低落しているものと推認され、更に本件新株発行における新たに発行する株式数、新株の消化可能性、期中発行におけるいわゆる配当差などを考慮すると、いまだ債務者会社が本件新株の発行価額を一株について一五〇円と定めたことをもって、株主以外の者に対し特に有利な発行価額をもって新株を発行する場合に該当するということは困難というべきであるから、債権者らのこの点に関する主張はその余の点に触れるまでもなく理由がない。

2.次に、債権者らは、本件新株発行は債務者会社に特に資金調達の必要がないにもかかわらずなされ、且つ、債務者会社の創立者である申請外亡川浦秋五郎(以下「申請外川浦」という。)の遺族である債権者らの債務者会社の経営に対する参画を排除し、債務者会社代表取締役申請外山尾泰造(以下「申請外山尾」という。)一派による会社支配を確立する目的をもって、本件新株の全部を議決権の行使を経営陣に白紙委任するのが通常の形態である申請外朝日生命保険相互会社(以下「申請外朝日」という。)外六社の法人に割り当てたものであるから、著しく不公正な方法による新株発行である、と主張する。そこで検討すると、本件全疏明資料によれば、債権者らと申請外山尾、同浅棄松蔵らとの間には申請外川浦の存命中から債務者会社の経営に関する意見の対立があったが、申請外川浦が昭和四六年八月三〇日死亡した後は右の意見の対立が表面化し、増資の是否、役員の人選などをめぐって取締役会において激論が交されるなどの事態が生じたこと、本件新株一〇〇万株は申請外朝日に二〇万株、同京都機械工具株式会社に一五万株、同株式会社神戸製作所に一〇万株、同杉安鉄工株式会社に二〇万株、同東陽通商株式会社に二〇万株、同株式会社柳本製作所に一〇万株、そして同株式会社ヤナセに五万株とそれぞれ割り当てられたこと、右の新株引受人のうち申請外朝日は債務者会社の大口の債権者であり、その余の六社はいずれも債務者会社の主要な仕入先又は販売先であること、以上の事実を一応認めることができる。しかしながら、右の事実のみから本件新株発行が債権者らの債務者会社に対する経営参画を排除し、申請外山尾一派による会社支配を確立することを唯一のあるいは主たる目的としてなされたと推認することは困難というべきであるし、他方、債務者会社において新株発行による資金調達の必要が特にないこと、及び前記の申請外朝日外六社の株式引受人が特に問題のないかぎり議決権の行使を現経営陣に白紙委任するのが通常の形態であることについてはいずれもこれを認めるに足りる疏明資料はないのであるから、結局債権者らのこの点に関する主張は本件全疏明資料によるも認めることはできないというべきである。

三、以上によれば、債務者会社の本件新株発行をもって法令に違反する又は著しく不公正な方法による新株発行とはいずれも認め難く、この点につき債権者らに保証を立てさせてこれを肯認することも困難であるから、債権者らの本件仮処分申請はその余の点について判断を加えるまでもなく失当というべきである。

よって、本件仮処分申請を却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 志田洋)

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